はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 40 [ヒナ田舎へ行く]

「いいか、ダン。お前にここにいられたら俺たちが困るんだ」ブルーノが宥めすかすように言う。「大声を出したら殴るからな」今度は脅し。

ブルーノの表情は伺えないが、スペンサーは今にも無抵抗の男の首を切り落としそうな形相だ。

あまりの恐ろしさに、ダンは涙をこぼしながらやっとのことで頷いた。こんなに恐ろしい思いをしたのは旦那様に出会ったとき以来だ。

口を覆っていたスペンサーの手がゆっくりと遠のく。

叫んでやりたかったけど、情けないことに呻き声すら出なかった。こんなことでよくもヒナを守ろうなどと思ったものだ。このままおめおめ門の外に放り出されて、旦那様に顔見せできるとでも?

「よし、いい子だ」ブルーノが耳元で囁く。

子ども扱いされてカッとなったが、それもほんのわずかなこと。怒りを持続させるほどの気力は一ミリだって残っていなかった。身体がふわりと宙を浮いたかと思うと、ピクルスの引く荷車におろされていた。すぐ横にはご丁寧に旅行鞄が積まれている。お洒落なダンはヒナに負けず劣らず荷物が多い。

「勝手に部屋に入ったんですか」しゃがれ声で非難の声を上げる。「僕の荷物を……」

「勝手に触ったことは悪かったと思っている。だがお前が引かないからこうなったんだ」

「結局悪いのは僕ってことですね」

「さあ、行け」スペンサーが手を振る。どことなしか残念そうな、なにか心残りでもありそうな顔つきだ。

やがてブルーノが手綱を手にして、ピクルスを門の外へと歩ませ始めた。ゆっくりと遠のく重々しい扉の前に立つスペンサー。さきほどまでいた書斎の窓際で揺れるカーテン。そのすぐ横の窓には雁首がふたつ。もじゃもじゃ頭とふわふわ頭。

「ヒナッ!」声を上げたが、屋敷の中まではとうてい届きそうにもない。ダンはメロドラマ風に心の中で叫んだ。『追いかけてきて!』

涙で目がかすんだ。ヒナの顔は窓に張り付いたまま。薄情者めっ!もうっ!飛び降りて屋敷へ駆け戻ることは出来る。ピクルスののろのろ行進なら足を地面に着くだけでいい。けど、ブルーノたちが本当に困ったことになるとわかっているのに、いったいどうするっていうんだ?

ダンはこんがらがる頭で必死に考えた。

庭師の格好で潜入するというのはどうだろう?万一、伯爵に報告する類の人間がやって来たとしてもごまかせるのでは?元役者志望だ。庭師を演じるくらい何でもないはず。いや、もともと庭師のまねごとくらい、田舎育ちの僕にはお手の物だ。

今からでも遅くない。ブルーノに提案してみよう。もちろん反対はするだろうけど、僕だってこの格好を諦めるんだ。少しくらい譲歩してくれてもいいはずだ。

「ブルーノ!」引き下がるものかという意志表示を込めて叫んだ。

ブルーノが腹立たしげに振り返る。

どこか芝居がかったことをしてしまうのは、元役者志望のさがというもの。ダンは思い切って荷台から飛び降りた。

ズシャッ!!

まあ、万事うまく行かないので、その道に進むこともなかったのだけれど。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 41 [ヒナ田舎へ行く]

「バカッ!何してるっ!!」

なんだってダンは荷台から転げ落ちたりした?

ブルーノは手綱を引いてピクルスの歩みを止めると、砂利の上に突っ伏すダンに駆け寄った。同時にスペンサーも駆けてくるのが見えたが、ブルーノが先を行った。

ダンを助け起こし、もう一度荷台に座らせる。ダンは鼻の頭とおでこを擦りむいていて、微かに血も滲んでいた。

「おい、いったいどうした?」スペンサーがやって来た。ダンのぐちゃぐちゃの顔を見てぞっとしたような呻き声をあげた。

「声を出すなと言ったのに出すからこうなるんだ。まったく。顔から落ちて手を着こうとは思わなかったのか?」

ダンはよぼよぼの老人のように両手を持ち上げ、手のひらをブルーノにさらした。小石がめり込んでいる。ブルーノは息を吹きかけながら、手のひらの小石を払うと、くそっと小声で悪態をついた。

「ダン、こけたの?」

ヒナがやって来た。スペンサーの後ろに隠れ、哀れな従者を覗き見ている。

「うっ、うぅ……」と肯定か否定か、ダンは喉をがさがさ言わせた。

「飛んでた」ヒナの後ろでカイルが言う。

結局、子供たちに見つからないようにダンを追い出すことは出来なかったわけだ。どうせうまくいくはずがないとスペンサーには言ったんだが、意見を押し通し最終決定を下す権利が自分にはないのだから仕方がない。それが長男と、その他の差だ。

だが、いまダンをどうするかを決めるのはスペンサーではない。「スペンサー、ヒナを頼む。カイルはピクルスを戻しておいてくれ――」

「で、お前はダンをどうするつもりだ?」スペンサーが横に立った。弟に指図されることはままあるものの、癪に障らないわけではないだろう。高圧的な口調からそれが伺える。

「ひとまず傷の手当てをして、それから考える」

「提案が……あります」ダンが余計な口を開く。

「わかったから、あとでな」と、ひと睨み。口を閉じていないと容赦しないぞ、という警告だ。

ダンは神妙に頷き、ブルーノに抱きあげられるままになった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 42 [ヒナ田舎へ行く]

「ねぇ、スペンサー」ヒナは何かの節をつけて歌うようにスペンサーの名を呼んだ。

何か嫌な予感のしたスペンサーは、無頓着に訊ねた。「なんですか?」

「ダンをいじめたの?」

口調はさほど変わらなかったが、どこか咎めるような響きが込められている。

ただのお気楽な子供ではないというわけか。

「まさか!そう見えましたか?」スペンサーは大袈裟に驚いてみせた。

ヒナはスペンサーをちらりと見やると、思案顔で居間に入っていった。駆け出してくる前に座っていたであろうソファに腰掛けると、にこりとして言った。

「おやつする?」目をきらきら輝かせて、有無を云わせぬ様子。

おいおい、あれだけパンを食べてどの腹におやつを収めようっていうんだ?胃の中のものがせり上がってくる感覚に襲われながらも、スペンサーはヒナのご機嫌をとるためだけににこやかに応じた。「ええ、そうしましょうか」

が、茶の支度をするブルーノが今はいない。となると俺が?面倒だな。それにヒナから目を離すのはよくない。

「でも、もう少ししたら昼食ですよ」念のため確認。

「え、えっと……」ヒナは時計を探してきょろきょろとし、結局ズボンのポケットから懐中時計を取り出した。かなり高価なものだ。「レモネードとジャムクッキーの時間ですよ」と鹿爪らしく。

ああ。そうなのか。

「レモネードの用意は出来ますが、ジャムクッキーはどうかな?うちにはなかったような気がするが……ブルーノが戻ってきたら訊いてみよう」そう言って、スペンサーはさりげなく着席した。

「ブルゥは忙しいからダメ。ダンのちりょうしてるから」ヒナの厳しい一言。なかなか使用人の扱いがうまい。

「でもわたくしはお菓子のことはさっぱりわからないんですよ」てこでも動くものかと、スペンサー。

「じゃあ、ダンに訊いてみる。ヒナのかばんのどこかにジャムクッキーがあったはずだもん」ムキになるヒナ。

「ダンも忙しいのでは?」スペンサーは余裕ぶって足を組んだ。「なにせ、派手にこけましたからね」

でもいったいどうして、ダンはあんなことに?ブルーノがダンを引き留めようとわざと振り落したとか……。背を向けたあとの出来事なので、事の顛末はあの二人に訊く他ないだろう。

「ブルゥのせいだもん。責任取ってもらわなきゃ」

おや?ヒナはなにが起こったのか知っているのか?

「責任?」スペンサーは好奇心から訊ねた。

「けがが治るまで、お世話すること」ヒナはふふんと鼻を鳴らした。

なるほど。考えたな。

スペンサーは笑みをこぼした。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 43 [ヒナ田舎へ行く]

ヒナを転がしたり抱き上げたり、時には引きずったりもする。

これは日常で、僕が誰かに抱きかかえられるなど非日常的。

なんと無様なことか!

ダンは力なくブルーノに抱きついたまま、まるでちょっとした荷物のように運ばれていく自分を恥ずかしみ憐れんだ。

「おろすぞ」

声と同時に発せられたブルーノの息が頬に掛かった。なんとなくくすぐったいような、やはり恥ずかしいような。

急に身体が降下し、投げ出されはしないかと不安になる。「えっ、え、どこですか?」

「じっとしてろ。後ろに椅子があるから心配するな」

キッチンを通り過ぎたのは見えた。ということは、ここは執務室か何かだろうか?

お尻が硬い座面にぶつかった。そろりと手を離し抱擁を解くと、ブルーノはまだ背中に手を置いていて、こちらをじっと見ていた。とても綺麗な青みがかった灰色の瞳で。

「まあ、たいした事はないが、消毒だけはしておいた方がいいだろう。それとも頭に包帯でも巻くか?」

見ていたのは擦り傷だった。そりゃそうだ。僕の平凡な顔をじっと見る理由はそれしかない。

「大丈夫です」ダンは少しでも失われた体面を取り戻そうと、きっぱりと言った。見つめられてどぎまぎしたことなどおくびにも出さず。

「それならいいが、ヒナがひどく心配していたからな」ブルーノは言って、水差しとリネンを手にてきぱきと傷口の洗浄をすると、棚の上のほうから金属製の箱を取って、なにも置かれていないテーブルの上に必要なものを並べた。

几帳面なブルーノらしいとダンは思った。

ブルーノはピンセットで脱脂綿を挟み、消毒液を染み込ませて、ダンのいくつかある傷に狙いを定めると「沁みるぞ」と一言。

「痛ッ!」ブルーノの忠告虚しく、ダンは情けない声をあげた。

「我慢するんだな」

「ちょっと声が出ただけです。このくらい平気ですから」

「そうだろうとも。泣きべそかいただけだよな?」

くっ!そう……。ブルーノもこういう意地の悪い事を言うんだ。そういえば、追い出す時も『都会もん』と馬鹿にしたような口調だったし、実際、荷台から転げ落ちた時――本当はカッコ良く飛び降りたつもりだったのだけれど――はっきりとバカと言われた。

「恐かったんです。ブルーノもスペンサーも」

ブルーノたちのせいで、ヒナに恥ずかしい姿を見られてしまった。泣き顔はさほど恥ずかしくない。こけたのだって平気だ。

では何が恥ずかしいって?乱れた服装で(最悪だ!)自分の足で歩く事が出来るのに(もしかしたらできなかったかもしれないけど)、ブルーノに抱えられて屋敷へ戻ったという事実。

これに尽きる。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 44 [ヒナ田舎へ行く]

さて、ダンをどうしたものか。

ブルーノは消毒液で茶色く変色したダンの鼻の頭を見ながら考えを巡らせた。

追い出そうと決めたのは昨日早いうちのことだった。

伯爵からの指示で、ヒナが誰を伴ってきたとしても決して敷地内に踏み入らせてはいけないとあったからだが、これはヒナの連れでなければ、立ち入りを許可すると取ることも出来る。

つまり、どうにかすればダンをここに置いておくことは可能だということ。

可能ではあるのだが――ひどくまずいことになる。そうスペンサーと判断した。だからこそ、あんな荒っぽいまねでダンを怖がらせて追い出そうとしたのだ。

まあ、あそこまで怖がるとは思いもしなかったが。

「それで、僕を追い出すつもりですか?」ダンがおそるおそる訊ねる。

ブルーノはすでにその気を失っていた。いまとなっては自発的に出て行ってくれることを願うしかないのだが、ダンにその気がないことは明々白々。

「提案があると言っていたな。具体的に言うつもりはあるのか?」ブルーノはテーブルに尻を引っ掛け、ダンを斜めに見下ろした。睫毛が長いなと、ぼんやりと思う。

ダンは俯き「例えばですけど……」と切り出した。

話を聞いたブルーノは胡散臭げに鼻を鳴らした。「つまり、その綺麗な服を脱ぎ捨てて、ツギ当てだらけのズボンと袖の擦り切れたシャツを着るというのか?」

ダンいわく、庭師に扮していれば、伯爵側の訪問者が急にやって来たとしてもやり過ごせるはずだという。ダンは忘れているようだが、俺もスペンサーも伯爵側の人間だ。

「そういう言い方をすればそうですけど、庭師だってもう少しいい恰好をしていますよ。ここは伯爵邸でしょう?」少し棘のある言い方。

「たとえ伯爵本人が忘れていてもな」皮肉で返す。認めるのは癪だが、いくら伯爵に忘れられたに等しい屋敷でも、ツギ当てだらけの使用人が働いていては体裁が悪い。そういうことを気にしない者もいるだろうが、伯爵は違う(らしい)。

「確かにここは、伯爵の本邸からは随分と離れていますが、伯爵はここをとても重要な場所だと思っていると思います」ダンの口調は随分と確信に満ちたものだった。何か知っているのか、ただの慰めか。

憐れまれていると思うと腹も立つが、ダンの案を採用するか、スペンサーと話し合う必要がありそうだ。それとは別のことも、きっちり話をつけておかなければ。

ブルーノはダンの汚れたクラヴァットに目を留め、アイダはまだいるだろうかとテーブルから尻を外した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 45 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノを捜してキッチンに来たヒナは、整然と片づく作業台を見てがっくりと肩を落とした。

これがシモンのキッチンなら、かならずクッキーの入った缶が置いてあるのに。

とことこと歩みを進めて遠慮なしに中に入ると、火の入っていないオーブンの前で足を止めた。本当は取っ手を掴んで思い切って開けてみたいのだけれど、キッチンの道具には触ってはいけないという言いつけには逆らえない。ここがシモンのキッチンでなくてもそれは同じ。

『ヒナ、よぉ~く聞くんだよ。料理人にとってキッチンはお城なんだ。で、わたしは王様と言うことになるのだけれど、この王様はお城のものを誰にも触られたくないんだよ。これは万国共通。どこの王様も一緒。もちろん、シモンが許せば別だよ。ほうら、そこの缶を開けてごらん』

「うぅ。シモ~ン」ヒナのめそめそスイッチが作動した。口をへの時に曲げ、美味しいものがないか探す。ピカピカに磨かれた鍋やカゴの中のじゃがいも。たまごケースに砂糖つぼ。青い花柄だ。キャビネットには出番を待つ色や形の様々なカップ。

ヒナは失意のなかキッチンを出た。奥へと進み、食品庫を探す。隣の部屋は何かな?

「!」

ダンとブルゥだ!

ヒナはいったん壁にへばりつき、それからそろりと部屋をのぞき見た。こそこそしているじぶんに笑いそうになったが、何とか我慢した。息をひそめる。

ダンの顔がへんてこな色になっている。ブルゥが座っていたテーブルからシュタッて降りて、ダンの前に。

むむっ。ダンが隠れちゃった。

「脱げ」とブルーノの声。

きゃあ!ヒナは赤面した。

「え、いやです。こんなところで」素っ気ないダン。

「ここにいるつもりなら言うことを聞け」

「むっ。ここにいるつもりですけど、言いなりにはなりません」

「そういうことじゃないだろう?上等なタイを汚したままでいいのなら、別にいいが――ほら、早くしないとアイダが帰ってしまう」

アイダ!ヒナは思わず身震いをした。アイダはどこかおっかなかった。おねしょはするかい?しないよっ!

「あ~!ヒナここにいた!」

突然背後から声を掛けられヒナは飛び上がった。

ぱちっとブルーノと目が合う。

あーあ。カイルのせいで見つかっちゃった。

「ヒナ、おやつを探してたんだよ」と言い訳を口にしながら振り返ってまず見たのは、カイルの大事な部分だった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 46 [ヒナ田舎へ行く]

ヒナは青い花柄の陶器の入れ物を手に、鼻歌交じりでキッチンを出た。砂糖つぼだと思い込んでいたが、実はショートブレッドが詰まっていたのだ。

「ダンに言えばジャムクッキーが出てくるんじゃなかったの?」ジャムクッキーの情報をどこで仕入れたのか、カイルはヒナの後ろにぴたりとくっつき、食べ慣れたショートブレッドに難色を示した。

「ダンはいま忙しいの」ヒナは意味ありげにふふと笑った。

「あ、そうだ。アイダがまだいるか見てこなきゃ。ヒナも一緒に行く?」カイルは愉快な冒険にでも誘うかのように訊ねた。

「行かない」ヒナは即答だ。

「ふーん。まあ、いいけど」カイルはつまらなそうに肩をすくめ、小走りに廊下を去っていった。

つぼを抱き締め戻ってきたヒナを見て、スペンサーが顔を顰めた。「よりによってそれを持ってきたか」チェッと舌打ちをする。

「だってブルゥがこれしかないって……」他にいいものがあったのなら教えてくれればよかったのにと、ヒナは唇をとがらせた。

「熱いお茶は頼んだんだろうね?はちみつたっぷりで。それがなきゃそいつは食べられやしないぞ」なんだかんだ食べる気満々だったようだ。

「どうして?」ヒナはつぼをテーブルに置くと、ショートブレッドに手を伸ばせるように、ソファに浅く腰掛けた。

「固いんだ。しかも甘くない。だからはちみつたっぷりの紅茶に浸して食べる」

ヒナはどうして甘くもないお菓子を作るのか不思議に思った。それと、熱い紅茶で火傷をしないか不安になった。

よそのうちでは、おやつを食べるのも一苦労だ。

「ああ、その前に。ブルーノはちゃんとお世話していましたか?」スペンサーは含みのある言い方をし、にやりと笑った。

ヒナも笑い返し「していましたよ」と恭しげに答えた。

スペンサーは一瞬だけ口元を引き攣らせたが、「それはよかった」と言って、つぼの蓋を取った。「うーん。やはり固そうだ」

「ヒナがブルゥに頼んでこようか?」ついでにダンが服を脱いだのか脱いでいないのかも確認したいところ。

「いや、これを持って行けと言ったって事は、もうまもなくお茶を持ってやってくると思うな」スペンサーがそう言うが早いか、ブルーノがティーセットを手に居間に入って来た。

ダンはどうなったのだろうかと、ヒナは首を長くして廊下の向こうを覗き見たが、その後しばらくダンは姿を見せなかった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 47 [ヒナ田舎へ行く]

やはりというべきか、おやつタイムからさほど時間をあけずして昼食となった。

ヒナは固いパンと冷たい肉というメニューにはさほど興味を示さず、野菜のポタージュをちびちび。時折、ダンの顔を見ては含み笑いをこぼし、ブルーノを見やるというおもしろい遊びに夢中になっていた。

ブルーノは静かに食事を済ませ、スペンサーになにやら耳打ちをすると早々に席を立った。

スペンサーは飄々とした表情を崩さないものの、なにか思うところがあるようで、どことなしか不機嫌だった。

カイルはダンを質問責めにし、ダンは変色した顔を伏せがちにカイルの質問に答えていた。ほとんどが都会のお屋敷暮らしがどんなものかという内容であった。

午後からのおでかけを楽しみにしているヒナは、スープを飲み終えると入念な身支度のためいそいそと部屋に戻った。ジャスティンに会えるかもしれないのだから気合いは十分。

パーシヴァルにプレゼントされた田舎紳士ふうの衣装で出掛けるつもりらしく、ヒナはクローゼットを引っ掻き回し、着々とダンの仕事を増やしていた。

そんなダンを留まらせることにいまだ難色を示しているスペンサーは、ブルーノがきっぱりとダンを追い出さなかったことに不満を募らせていた。

ヒナの前ではダンを無理やり追い出そうとなんかしていないと、口先だけで取り繕ったが、それに気付かないヒナではないと薄々だが感じていた。とぼけてはいるが、かなり頭は切れる。(と思うが、気のせいかもしれない)それに、ヒナの扱いに関しては様々な制約があるものの、それでもヒナは客人で、友人には公爵までいるというのだから、なかなか侮れない。ことによっては伯爵を敵に回すよりも面倒なことになりかねない。

ということで、午後からヒナを連れて南側をまわる予定だったが、今後についての話し合いが先だ。

スペンサーは昨夜決着したはずだった話を蒸し返さなければならない事に一抹の不安を抱きつつ、ブルーノの待つ執務室へと向かった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 48 [ヒナ田舎へ行く]

昼食を終えたダンは、カイルを手伝って片づけを済ませると、揃って屋根裏にあがった。そこは通称<物置部屋>と呼ばれているらしいが、さほど埃っぽくもなく驚くほど整頓されていた。おそらくブルーノによるものと思われる。

「確かここにダンに合いそうなのがあったんだよね」カイルは革製のトランクを開けてガサゴソと探ると、<庭師ダン>の為のシャツとズボンを取り出した。

ダンは忌まわしいものでも見るかのように、その薄汚れたシャツを凝視した。おぞましさに身震いする。

「本当にそれを着なきゃいけないのかい?」

誰も着ろとは言っていないが、ダンが自ら庭師になると言ったのでカイルはよかれと思って衣装を提供しているだけに過ぎない。

「うーん。ブルーノの古いシャツがどこかにあったと思うけど、ダンとはサイズが合わないでしょう?だからこれが一番良いと思ったんだけど」カイルはシャツを広げて眺めながら、困ったように首を傾げた。

ダンはカイルの手を煩わせてしまっていることに申し訳なさを感じながらも、訊ねずにはいられなかった。

「ちなみに、それは誰の?」

ブルーノよりも小さなカイルのにしてはやや大きい気がする。スペンサーのだったとしてもそれは同じ。彼らの身体が僕ぐらいだったのはいつ頃のことだろうか?一〇年くらい前だろうか?それほど昔のものに袖を通すのは気が進まない。

「トビーのだよ。前にここで働いていたんだ」

「トビー!」ダンはその名に心底驚いた。

「え?トビーのこと知ってるの?一年くらい前までここにいたけど」

「いいや、知らない。ただちょっと……」馴染のある名前だっただけ。「それで、その人はどうしてやめてしまったの?」

「知らない。ある日急にいなくなってた。スペンサーとブルーノがすごく気に入ってたから待遇は悪くなかったと思うんだけど」

カイルの口ぶりだと、下働きの給金はさほど悪くないらしい。なおかつ兄弟にも可愛がられていた。にもかかわらず、理由もなくやめてしまうなんて――いや、もちろん理由はあっただろう。カイルが知らされていないだけで。もしかして信頼されているのをいいことに盗みを働いたとか?

そんな人のお古を着なきゃならないなんて、ああ、ぞっとする。

やっぱり庭師になんてなれない。

ダンは早速、ブルーノに転職を願い出る事にした。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 49 [ヒナ田舎へ行く]

「誰か来る!」

ダンの為の衣装を捜索していたカイルが突如叫んだ。曇った小窓に顔を押しつけるようにして目を凝らし「なにか手に持ってる!きっとチョコレートだ!!」と興奮しきり。

カイルと顔を並べるようにして、ダンも小道をやって来る男に狙いを定めた。

あれがウィンターズさんの使いか。ここからだと容姿はおろか、手に何を持っているかの判断もまったくつかない。カイルは随分と目が良いらしい。ともあれ、もとはジェームズがクロフト卿のために雇った使用人だ。おそらくかなり美形なのだろう。

「スペンサーとブルーノに知らせた方がいいんじゃない?」ダンは衣裳提供を断る口実が出来て内心ほっとした。

「そうだね。じゃあ、僕は行くけど、トビーのシャツとズボンはどうする?」カイルがボロ布を押し付けようとする。

「ひとまず、着替えのことは後回しにして、一緒に行こう」ダンは狭い戸口めがけて先んじた。

いったん部屋へ引き上げるつもりだったけど、予定変更。兄弟たちと一緒に客人を出迎えることにしよう。ひどい顔をしているが、元が元なのでどうってことない。ジェームズのようにケチのつけようがないほど整った顔をしていれば、ちょっとくらい気にしたかもしれないけど。

「ああ、待ってぇ」とカイルが後を追ってくる。先を越されて悔しそうだ。

踊り場で先を譲る。幸いなことに、トビーのボロ布はカイルの手から無事離れてくれていた。

「スペンサーは追い返すつもりかな?」階段を駆け降りながら訊ねる。

「わかんない。スペンサーは気分屋だから」とカイル。階段の手すりを掴んで直角に曲がった。

ダンもそれに倣う。

玄関のベルが鳴った。

報告は間に合わなかった。なので玄関に直行だ。

下におりるまで三分ほどかかった。玄関広間に到着するとすでにブルーノが客人の応対をしていて、用件は何なのかと訊ねているところだった。

訪問者は玄関の外側から、はっきりとした口調で簡潔に用向きを伝えた。「旦那様がご挨拶のため本日こちらに伺いたいとの事です。都合のよい時間を仰って下さい」

ブルーノと同じほどの長身のウィンターズさんの使いは、よもや相手が断るとは思っていないらしい。

「都合のよい時間などない」ブルーノがきっぱり。

その返事に顔色を変えることなく、ウィンターズさんの使いは手土産を差し出した。「アフタヌーンティーにはぜひこれを」ブルーノの言い分は無視するらしい。

「それ、チョコレート?」カイルが堪らず脇から飛び出す。相手を見上げ、手土産を受け取ろうと手を伸ばす。

ウィンターズさんの使いは――彼の名はなんと言うのだろうか?――黒い瞳をカイルに向け、これ幸いとそこそこ大きな包みを差し出した。

「カイル。さがっていなさい」ブルーノが凶暴さを秘めた低い声で命ずる。

カイルはサッと手を引き、ぱたぱたとダンのそばに戻った。

ダンは思った。

ブルーノと訪問者は、まるでジェームズと旦那様のようだと。

金と黒。この対決を制するのはいったいどちらなのだろう?

つづく


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